ひろしまヨガピースとヨガスマイル京都

2012.05.28 report

行ってきました! 

平和記念公園を主な会場に開催される「ひろしまヨガピース」
今年3回目を迎え、いっそう盛り上がる中国地方最大のヨガイベントです。
そして、京都は由緒ある禅寺建仁寺両足院さんで開催された
ヨガスマイル2012春。

共に、第一回から招待講師として
参加させてもらっています。ありがたや。

まあ、ヨガっていっても、いろんな解釈や流派があって
俺たち自由で好きにして良くね?(ぷはーっ)
っていう人もいると思うんです。

何を言ってもダメだ!という父と
良いよ 良いよ という母の間で
子どもは真っすぐ育つ

という言葉が先日リトリートの時におとずれた曼殊院さんで
売っていたカレンダーにも書いてありましたし、

ー厳しい考えや、やさしい考え、
いろんな考えがあって良いー

だけどできる限り、
深く学ばれ、同時に深く思いやりをもたれている先生に
近づきたいという気持ちが私の中にはあります。

最高のものを知りたい。
最高のクラスにしたい。

今回色々なクラスの中でお話したのが
高野豆腐のお話。
身体を大きく伸ばしたり、小さく縮めたり
呼吸をとることがヨガの特徴なわけですけど、
その時に、自分の身体を高野豆腐に見立てて
水に戻した高野豆腐をキューーーっと絞って水気を
抜いていくように息を吐いて(収縮)
そして、お出汁の海の中に絞った高野豆腐をつけると
ふわっと大きく開くように
息を吸って(拡大) 
そうすることで、
自分の枠組みの外側と内側をマリネしていくように
自然のエネルギーを、ゴクゴクといただいて、
支えられ、支えていきましょう。

そんなふうにヨガをしてみましょう。

とお話して、ヨガをやっていきました。

あと、自分自身をハグする「自分にありがとうのムードラ」
では 名前を呼ぶこと、ホ・オポノポノをすることを
かけあわせて。

これも、ネグレクト(無視)していた
自分自身を感じることができた人がいたみたいで
ポジティブな感想をいただくことができました。
やって良かったです。

受け手と与え手の関係って精妙で、
こちらが一方的に差し出すことはむずかしい。
だから、来てくれた人たちの待っていた顔や
運営してくれた方々の細やかな心遣い、
多数のボランティアさんの
笑顔で温かく支えられました。

たくさんの人たち、あの空気、あの時間に
ありがとうございました。

light on ayurveda

2012.05.13 ayurveda

light on ayurveda

今日は 上級アーユルヴェーダの講座を広尾の Be Yogaさんで
務めさせていただきました。

その中でもお話したこと、ちょこっとメモ。

アーユルヴェーダやヨガ 健康について学ぶと
その「理想」と「自分」を照らし合わせてしまって
出来てない自分が嫌になってしまう 
っていう話を聞くことがありまして。

ヨガでも全く同じことが言えるんだけど。

何かを学ぶとき、ついつい、
自分の外側に なにか素晴らしいものが
存在しているっていう前提があって

頑張る/取組む/欲求を我慢する/犠牲を払う

ことによって、その素晴らしいものに近づこうと
することがある。

そもそも、それを手に入れていないのだから、
それが素晴らしいものかどうかも、
本当は分からない。
(これは、ベロニカが言ってて目からウロコ)

今の自分は、これまでの自分の意識的/無意識的に
とってきた選択肢の結果で、このようにあって、

大体の人が 忙しい中でも その時の自分がとれる
ベストの選択肢を選んで、来たのだから、

まずは、前提として 子育てで優しくなれない「わたし」
甘いものを食べ過ぎてしまう「わたし」
なんだか周りの人に素直になれない「わたし」

そのままの「わたし」にまずは大きな丸をつけて、

そこから いまのわたしを より調和的な方向に
開かせる、単なるツールとして アーユルヴェーダやヨガと
付合っていけば良いのじゃないかな?って思っています。

インドで4000年前に生まれて、
世界最古の科学的な医療体系としてWHOにも認定されている
アーユルヴェーダだけど、

それ自体 活用されることが無ければ
ただのウンチクの集合です。

ヨガだって、インドの行者さんみたいに
すべてを捨てて 家族を捨てて 社会から解脱したいと
思ってヨガしてる訳でも(多くの私たちは)無く。

知識は 自分が役立てることによって初めて 
それが有用なものかどうか検証される。

なので、 完全に 本などで見るアーユルヴェーダの
ルールを守れなくても 気にしないで、
ちょいちょい良いところ取りするような
気楽な気持ちで、肩の力を抜いて、
取り入れやすいことー
白湯飲みとか、オイルマッサージとかから
始めてみると やりやすいと思うのです。

いつも、主役は自分自身。
どんな健康法も、息苦しくなるようなやり方で付合うもの、
これは、絶対 どんな時も こうじゃなきゃダメ
っていうようなルールは、「本当かな?」って
疑ってみても良いと思うのです。

その健康法を、自分を輝かせる 子分のように
使ってやる!くらいの自信たっぷりな気持ちで
ヨガでも、アーユルヴェーダでも、メイクでも、
楽しくやってみたら
すべては 花丸です。

春の季節で、わたしの頭の中もお花畑になっているようです。
読んでくれた 皆さんも、それぞれの場所で 
花の美しさを愛でるひと時が持てますように。

あなたに、今、見られることによって、
その花は 存在しています。